「美しき夢見人?」-小町追いかけ「転寝草紙」
「転寝草紙」の1 |
この御方の八重桜は、こと木よりも遅く咲きて盛りひさしき木ずゑなれど、つながれぬ春の日数に、もよほされて、やうやう根にかへるなごりもたゞならぬに、雨さへしめやかにふりくらして、軒の玉水絶えぬながめも物さびしき昼つかた、御琴弾きすさみてそひ臥し給ふまゝに、うちまどろみ給へるなるべし。「これ」とてさしいだすを見給へば、いとしなび長く、咲き乱れたる藤の、露もさながらにほひふかき枝に、同じ紫のうすやう、紙の色とゝのへたるも見所あれば、れいの斎院よりとおぼして、なに何心なくひきあけ給ふに、をとこの手にて、 |
思ひ寝に 見る夢よりも はかなきは 知らぬうつゝの よそのおも影 |
墨つきつやゝかに、筆心とめて、書きながしたるさま、なべての人の為事とも見えず。「あな、たぐひなや」と見るまゝに胸うちさわぎて、いづくよりぞとおぼし、驚くほどに、はや御夢なりけり。・・・ |
<My口語訳> このお方の所の八重桜は他の木よりも遅く咲いて満開が長い梢だが、つなぎとめられない春の(過ぎ行く)日数に促されて、しだいに散って根元の土へ帰る余韻の情も並ではない(寂しさである)のに、雨までもがしんみりと一日中降り続いて、軒先から落ちる雨の水玉が絶えない景色もものさびしい昼のころ、御琴を途中で弾くのを止めて傍の几帳に寄り添って横になるにまかせて(とすぐに)とろとろとお眠りになっているのであるにちがいない。侍女が「これ」と言って差し出すものを見なさると、たいそうたわんで長く、花が咲き乱れている、雨つゆもそのままについていて、深い紫の美しい色艶の藤の枝に、添えられた手紙の色も花と同じ薄紫で揃えてあるのも(そのセンスが)見るべき価値があるので、いつもの齋院からの手紙だとお思いになって、何気なく開封しなさったところ、男の筆跡で、 あなたを恋しく思いながら寝て夢で見るあなたよりも頼りないのは、まだ逢ったことのない現実の離れたところに いるあなたの面影であります と、墨のあとがつやつやと、筆に心を配りながらも書き流してある文字の感覚は、普通の人が書いたものとは思えない。「ああ、(他に比べようがないほど)たいへんにすばらしい」と、見るや否や心が動揺して、どこのだれからかとお思いになり、はっと目を覚ました様子に、実は夢であったのだったよ。・・・