「黄色潜水艦」遊びジャーナル(仮元祖1)

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今度はまじめに♪「結んで開いて」

♪「結んで開いて」又は「見わたせば」(作曲:ジャン・ジャック・ルソー)

http://www.geocities.jp/foolscaps_circles/v4_anim077.gif
11/15の「(人生)紀行」ではちょっとふざけたので、今度はまじめに(^_-)ネッ。

http://www.geocities.jp/foolscaps_circles/musunde7.midパターン1(小鳥のさえずり入り)
http://www.geocities.jp/foolscaps_circles/musunde1.midパターン2(スタンダード)

詞は三種類あります。
■歌詞  
むすんで ひらいて てをうって むすんで またひらいて てをうって そのてを うえに

上記歌詞で有名ですが、もともとは明治14年に小学唱歌として以下の歌詞で歌われました。

  
見わたせば あおやなぎ 花桜 こきまぜて みやこには みちもせに 春の錦をぞ 
さおひめの おりなして ふるあめに そめにける (作詞:柴田清熙)
  
みわたせば やまべには おのえにも ふもとにも うすきこき もみじ葉の あきの錦をぞ 
たつたひめ おりかけて つゆ霜に さらしける (作詞:稲垣千頴)

前者が春の、後者が秋の情景で、
いずれも姫が主人公という感覚は、さて?
しかし、それなりに不思議にはまっておりますね。

現在の「結んで開いて」は、子供のリラックス体操用のようですが、
これもこれなりに、以下の趣旨でもありえます。

<参考★ルソーの「教育論」断片>
生徒をその年齢に従って取り扱うべし。
自然は、子供が大人になるまでは子供にさせておきたいのである。
若い博士や年取った子供は不自然である。
人生の各時代・状態にはそれぞれに適応した完全性と固有の成熟がある。
成人があるとすれば成童が考えられる。
教育者は、子供の能力の進歩に従い、素質の覚醒を窺いつつ、
正確に、漸進的に歩調をあわせるべきである。
すなわち、教育は自然の運動を再現せしめねばならぬ。

エミールへのカリキュラムは、従って、以下の如くである。
2才まで=体育
12才まで=感覚の教育
16才まで=精神の教育
20才まで=心と理性の教育
20才から=道徳的自由と徳の教育

ということで、ルソーが作曲した曲には、本人は歌詞をつけていないようですので、
曲の本来の趣旨は不明確ですが、2種類の編曲を試みたなかで、
上記の理念とともにでありそうな感覚は生じます。

いわば、自然=素朴感情的・性善的、理想主義的な思想の「雄」として、
一方の自然=利己欲的・性悪的、現実合理強制主義的な思想の「雄」ホッブス、
そして、自然=理性的・性善的でありながら「違反者」を想定する現実矛盾合理対応主義の「雄」ロックと、
近代の、いわば「三つ巴」のひとつを形成するところの、
しかも、基本的には「理念中の理念」というべき位置を有しています。

さて、フランス革命を呼んだルソーか、アメリカを産んだロックか、
あるいは全体主義ないし共産主義にもつながるホッブスか、
これは、まさに現代の課題そのものでしょう。