韓国へ実弾射撃旅行!?にかぶせて二次大戦時「厭戦小唄・歌」についての注記
反戦歌フォーク「花はどこへ行ったの」(英語歌詞つき)
興味本位、程度だったとしタラ、
ま、何度もいかないダローから、
たとえば、
ガッコの授業や部活としてもあるトコロの、
柔道・剣道・弓道・空手ほか格闘技は、
いったい何のために? 甲冑じゃねーかっちゅーと、
自己防衛、戦闘予備のためでっしゃろカラ、
たとえ「道」なんぞとゆー名分をつけたトコロで、
「ヒトは争うべき生物」デアル、
争うことは生命正義に属する必然デアルことを、
大前提としてるのでっしゃろ
争いの手段は多様かつ発展してオール×=ばってん、
身体的技やら武器やら経済やらを用いない争いが、
「平和」の名のもとに、
一端は「学・知能」で、
ところがコレは即、金力・権力・軍事力に直結するもので、
どこまで行っても自己主張と勝ち負けを招来する、わけどして、
争わざるして成立する生命哲理を構築するしかない。。
それへの、
周辺心理のひとつが「厭」とゆー感覚となるでせう。
この種の「厭戦小唄・歌」は、
当然に軍隊では「ご法度」でありやしょうし、
当然に将校や軍曹レベルは歌わないでやんしょう。
これを作った人は、これ、もしヒラの兵隊であったとしたら、
家庭事情で進学できなかった、
相当の「知性」の持ち主ということになるでせう。
して、進学できて、将校になっていたら、
さて果たしてこの歌が出来たか、
むしろ興味はそこにありやんすが、
かつての大岡昇平流ならば、…さて、…?
「ヒトの上にヒトを作る」学のありかも問われることになる。